『イカツイおじさん』が若い頃は、『イカツイお兄さん』と呼ばれ、
真面目な正当営業マンとして、『宝町』の不動産屋で勤務していた。
街にはお年寄りに若者、子供まで『イカツイお兄さん』を慕っていた。
『部屋の事で困った事があったらイカツイお兄さんに!』
『商売が行き詰まり、店舗代が払えなくなる前にイカツイお兄さんに相談!』
とにかく、街の『表の顔』として人気物だった。
ある時、イカツイお兄さんに相談が入る。
(依頼人・●●子:母親)
『夜のスナックに勤務しているんですが、お客さんでかなりしつこい人がいて、最近、私の家まで来るようになった。お兄さんから注意してもらえないだろうか。』
(イカツイお兄さん)
『警察には相談されましたか?』
(依頼人、●●子:母親)
『何度も相談しましたが、家に入られたわけでもなく、犯罪として立件するのは難しいから、と全く取り合ってもらえないんです。』
(イカツイお兄さん)
『それは困りましたね。。分かりました。一度私が話をしてみましょう。』
イカツイお兄さんには、こんな相談が毎回のようにくる。
嫌な顔一つもせずに相談に乗り、一生懸命に助けてくれる『街のヒーロー』だ。
今回も、毎回の相談の一つとして、お兄さんは試みた。
●●子は、シングルマザーで娘が一人いる。
娘はまだ3歳の幼子だ。
さらっと晴れたあとの夜空は、どこか虚しさを漂わせている。
そんな夜更けの晩に、イカツイお兄さんは相談された●●子のスナックに向かう。
スナックに着くなり、お店の中から怒鳴り声が聞こえる。
イカツイお兄さんは慌てて入店する。
お店の中は、●●子が話をしていた『ストーカー男』が暴れている。
どうやら、●●子が別のお客さんと親しくしていたのが気に食わなかったようだ。
イカツイお兄さんは、ストーカー男をなだめる。
しばらくして、ストーカー男はお店のカウンターに腰掛ける。
(ストーカー男)
『あの野郎。●●子のケツを触りやがった。許せねえ。』
(イカツイお兄さん)
『少しよろしいですか?』
(ストーカー男)
『あんっ?』
(イカツイお兄さん)
『●●子さんが、あなたが家の近くまでついてくるのを怖がっています。
●●子さんには小さな娘さんもおられるようですし、どうか、穏便にして頂けないでしょうか?』
(ストーカー男)
『俺の女だぞ、●●子は。なんでお前なんかに偉そうに言われなきゃいけないんだ?お前こそ身をわきまえろ。』
ストーカー男は、●●子の男だと思いこんでいる。
しかも重度のアルコール中毒のような様子も伺える。
スナックの勤務時間も終わり、●●子も店を後にする。
イカツイお兄さんは、ストーカー男がついてくると思い、●●子のそばを離れないよう、自宅まで送り届けようとする。
薄暗い路地の角を曲がったところに、小さな公園がある。
その公園に例のストーカー男がいた。
イカツイお兄さんを見つけたストーカー男は、すごい勢いでイカツイお兄さんに殴りかかる。
イカツイお兄さんは武道の師範クラスである。
アル中のストーカー男を跳ね返すのなんて訳ない。
しかし、イカツイお兄さんは、なるべく大けがを負わせないように、
とても加減をして、ストーカー男を投げ飛ばす。
(イカツイお兄さん)
『もう来るな。これ以上●●子さんに近づくなら、弁護士に依頼し、立件した後、警察に逮捕させる。そうなれば長い間刑務所行きだ。どうする?』
イカツイお兄さんの強さと、漢の器の大きさにストーカー男もタジタジだ。
ストーカー男は何も言わず、悔しそうな顔でその場を去っていく。
(●●子:母親)
『ありがとうございました。』
●●子もホッとした様子で自宅に入ろうとする。
家の中から、●●子の娘が出てくる。
(娘)
『ママ、ママ、』
娘の愛くるしい声と表情に、イカツイお兄さんも自然と笑顔になる。
イカツイお兄さんは、●●子に、
『こんな幼子がいるのに、夜の間ずっと一人にするのは可哀そうだから』
と、昼間の働き口の紹介までしてくれた。
●●子とイカツイお兄さんは、次第に惹かれ合っていく。
優しくて強い『イカツイお兄さん』と●●子、そして●●子の幼い娘は、
休みの日に3人でよくお出かけをした。
3歳の娘は、そんな日々がとても楽しくて、笑顔に溢れていた。
イカツイお兄さんは、●●子と●●子の娘と3人で家族にならないか、
と●●子に告白をした。
●●子は、嬉しくて涙で、
『喜んでお受けいたします。ありがとう。』
と、イカツイお兄さんに伝えた。
こんな幸せな日々が続いていれば、イカツイお兄さんは裏の地上げ屋として名を上げることはなかったのだが、世の中はそうは上手くいかない。
世の中事態が間違っていることに、イカツイお兄さんは気づかされる。
寒い真冬の日に、一人の『ヤクザ』が宝町にやってきた。
そのヤクザの欲望のせいで、イカツイお兄さんと●●子、
そして4歳になったばかりの娘の心と体が傷つけられることになる。
続く。
続き⇨『とある不動産や~8話』