Aの父親は『橋村商店』という魚屋を営んでいる。
母親は、橋村商店の若奥さんとして、父親を手伝っている。
Aが3歳の頃の話だ。
父親はとてもまじめで、不器用。
どちらかというと『職人気質』の人間だ。
母親は、近所では有名な美人で、愛嬌も良く、とても人気がある。
まだ、各街で『魚屋』が必要とされていた時代、
父親と母親と兄とAは、四人で仲良く暮らしていた。
ある時、父親に一本の電話が入る。
(電話)
『●●銀行の竹下と申します。橋村さんにご相談がありお電話致しました。』
相手は、銀行員だ。
父親は、一体何の用事かは分からずに、とりあえず後日銀行に出向いた。
(銀行員:竹下)
『わざわざすいません。実は、橋村様の奥様のご身内の件でご相談があります。』
(父親)
『妻の身内で?なんでしょうか?』
聞けば、妻の兄が事業を営んでいる中古車屋の経営が上手くいっていなく、
新たにお金を貸してほしいと●●銀行に頼んでいた。
しかし、妻の兄には、銀行からお金を借りるための『保証人』や『担保』が全くないという。
通常、銀行からお金を借りる際には、借りた本人がお金を返せなくなった場合、
代わりに借金を返す義務を負う人を『保証人』と呼ぶ。
また、借りた本人に『借金を返せ』と請求せずに、銀行の都合で、
保証人に真っ先に『金を返せ』と主張できる強い保証人制度を、
『連帯保証人』という。
今回、妻の兄に必要な保証人は、『連帯保証人』だ。
そして、銀行が希望している担保は、自宅兼魚屋の橋村商店である。
万が一、妻の兄が失踪したり、借金を返せなくなると、
銀行は父親に借金を迫る。
父親が借金を返せないと『担保』として抑えられている『橋村商店』が、
銀行に差し押さえられ、銀行は橋村商店を売却して、借金の返済に充てさせる。
昔から、『例え身内でも保証人にはなるな』という教えは間違ってはいない。
そもそも、資金繰りが苦しい人の、新たな借金の保証人になるという事は、
いずれ保証人が代わりに借金を返さないといけなくなる可能性が高い。
世の中には、こうした保証人による『自己破産』や『自殺』、
『夜逃げ』が昔から今でも日常茶飯事だ。
父親は、家に戻り、妻と相談してみると銀行員に告げる。
(父親)
『お前の兄のことだが。事情は聞いているか?』
(妻)
『はい。最近、私にもお金を貸してくれと言われました。』
(父親)
『そうか。困ったものだな。』
(妻)
『私の唯一残っている肉親なの。無理は承知で言うけど、
なんとか兄を助けてあげられないかな?』
妻の両親は、妻が若い頃に病気で亡くしている。
以来、妻は兄と二人で頑張って来た。
そんな肉親である兄を、妻は、ほおってはおけない。
父親は、泣きながら助けを乞う妻に負けて、
出来る範囲で援助しようと決めた。
ただし、連帯保証人にはならずに、担保も差し出す気はない。
妻には悪いが、兄の末路が見えているからだ。
後日、改めて銀行に出向き、銀行員の担当者に伝えた。
『預金で出来る範囲での援助はするが、保証人や担保は断る』と。
銀行員は、父親を奥の応接間に案内した。
奥の応接間は、特別な顧客に対して準備してある『VIPルーム』のような
空間だ。
(銀行員:竹下)
『橋村さん、ご意向は充分わかります。
ただ、奥様のお兄様の中古車屋は、今新しい取引先を探しており、
当銀行も新たな取引先と大きな取引が出来るようにフォローしております。
正直、保証人や担保を承諾されても、橋村様には大きな痛手にはなりにくいですし、何より橋村様にもメリットがあります。』
(父親)
『メリット?私にどんな得があるというのでしょうか?』
(銀行員:竹下)
『2年後になりますが、
橋村商店さんの近所に『大型スーパー』が出店する計画がございます。
もちろん、そのスーパーは『新鮮』さや『安さ』も売りです。
奥様のお兄様の大きな取引先候補の最重要候補は「その●●スーパー」です。
つまり、中古車屋の仕事も順調に戻り、橋村様もそのスーパーに新鮮な魚を出品する権利が舞い込む仕組みです。
大型スーパーに出品するとなると、当然に人件費や仕入れなど多額に資金も必要になります。
そこで、当行が、橋村様に低金利で充分な資金をお貸しする為にも、
今、この時期に当行と橋村様との取引実績を作っておく必要があります。
橋村様は奥様のお兄様を助け、お兄様の仕事は順調になり、当行は橋村様の大型取引の後押しを行い、皆に利があるという素晴らしいいビジネスモデルです。』
(父親)
『うーーん。銀行さんがバックについてくれるというなら、確かにいい話かもしれないな。竹下さん、その話は本当に確実なのだろうか?』
(銀行員:竹下)
『確実ではない話を当行はしませんよ。
地元で信頼が売りの当行にとって、お客様にお金を貸すだけではなく、
これからは、事業の拡大のお手伝いも行い、共に発展してこそ我々の存在意義があるのだと思っています。』
父親は、銀行員である竹下の話を信じた。
借金の金額は5,000万円だ。
幸い、橋村商店の土地建物は時価で8,000万円にはなる。
後日、妻の兄の『連帯保証人』となり、自宅兼魚屋の『橋村商店』を担保として差し出した。
担保を差し出すという行為は、不動産において、土地・建物に銀行の名前を登記する事を指す。
つまり、悪いことがおきても銀行は『土地建物』を自分たちの物として売却し、
売却した利益を借金の返済として没収するという事だ。
もちろん、売却した金額が8,000万円で、借金の5,000万円を差し引いた金額の3,000万円は返ってくる。
あくまで借金返済が出来るかどうかだ。
それから2年が過ぎた。
銀行員の竹下が言っていた、大型スーパーの話が来てもいい頃だ。
いや、どちらかというと遅いくらいだ。
その時、妻の兄から電話が来た。
(妻の兄)
『すまない。また資金繰りが苦しくなった。また助けてほしい。』
妻はどうしようかと戸惑っている。
Aの父親は、『どうしてそうなるんだ』と疑問に思う。
父親は、妻の兄に直接会いに行き、事情を聞きに出向いた。
(父親)
『お兄さん、またお金に困っているのかい?
大型スーパーの顧客はどうしたんだい?』
(妻の兄)
『まだ、商談が成立していない。なんせかなり大きな仕事になるし、
何より、その商談が上手くいけば10年は安泰だ。
頼む。後数カ月、いや、2カ月分の資金繰りさえできれば、
俺は必ず成功して、お前らにしっかりと恩返しをするから。』
父親は、橋村商店として真面目に商いをし、
コツコツと貯めていたなけなしのお金を貸すことにした。
(父親の心)
『このお金は、子供達のために貯めていたお金なのに。
子供達に申し訳ない。もしもの事があったらどうしよう。』
父親の嫌な予感は的中した。
兄にお金を貸してから半年後、銀行員の竹下が橋村商店へやって来た。
(銀行員:竹下)
『橋村さん、借金の1億円、いつ返せますか?』
(父親)
『 1億? 何の話だ!! 』
続く。
続き⇨『番外編の続き(二章)~とある不動産や』