下積みの日々を着々とこなし、充分な交渉術を得て来たAは晴れて独り立ちの日を迎えようとしていた。
イカツイおじさんも、
『もうそろそろ街を出たほうがいい。これからは一人でやってみろ。』
とAの背中を押す。
Aは、来週には都会に出るよ、とおじさんに伝える。
Aも都会に行く心の準備は出来ている。
むしろ、早く独り立ちがしたい。
Aは、今月の残っている【家賃滞納者の回収】を済ませようと街に出る。
今日の回収ターゲットは、水商売をしている『スナック・欄』の経営者だ。
このスナック・欄は、月20万円のテナント賃料を半年以上も滞納している。
120万の回収額を大家に依頼されたAは、手慣れた追い込みで回収にはかる。
Aは、スナック・欄の開店前に姿を現し、経営者のママと交渉する。
ママも、法律や理屈に対応出来ず、Aの言うがままに書面に捺印する。
いつも通りの『日常茶飯事』だ。
Aも、回収に必要な念書を取得すると、早めに店を出ようとする。
すると、
『おはようございます。』
スナックに一人の女性が出勤してきた。
黒髪の綺麗な女性だ。
Aは一瞬に気持ちを持っていかれてしまった。
経営者のママが、
『今日はたいしておもてなしを出来ないですが、よかったら少し飲んでいってください。』と伝える。
Aは、回収先から施しは一切受けない人間だ。
ただ、今日は違う。
Aは、カウンターに静かに座り、黒髪の綺麗な女性に出された瓶ビールを飲む。
(黒髪)『ママのお知り合いですか?』
(A)『まあ。』
(黒髪)『ゆっくりしていってください。』
(A)『・・・』
Aは、プライベートで女性と話をしたことがない。
内心はとても緊張しているA。
淡々とお店の開店準備を進める黒髪の女性。
しばらくすると、お客が一人、また一人と入店する。
Aもこれ以上長居しても、と思い、席を立とうとする。
すると、黒髪の女性が近づいてきて、
『お帰りですか。また来てください。』と声をかける。
Aは恥ずかしさもあり、無言で店を後にする。
数日後、Aは、今月の滞納家賃回収業を淡々とこなし、
スナック・欄に顔を出す。
(A)『今日は近くまで来たので、少し飲んで帰ります』
その日はママの団体客が入っており、団体客が店を出ると同時にママも少し付き合いで出ると言う。
黒髪の女性とAはカウンターで二人きりとなった。
Aはこれまで、『地上げ屋』としての訓練や滞納家賃回収業ばかりで、
こんなドキドキする時間を過ごしたことがない。
緊張から、Aのお酒の飲むピッチが上がる。
黒髪の女性も少し緊張している様子。
(黒髪)『お仕事は何をされているんんですか』
(A)『いろいろですが、ざっくり言うと不動産屋です』
(黒髪)『へぇ。儲かってそうですね。うらやましい。』
(A)『・・・』
(黒髪)『相談があるんですけど、聞いてもらえますか?』
(A)『相談?どんな相談ですか?』
(黒髪)『元彼の借金の保証人にさせられたんですけど、どうにかならないかなと思って。』
(A)『無理やり保証人に?』
(黒髪)『勝手に私の免許証と実印を持っていって、気づいたら保証人です』
(A)『解決は出来るよ。』
(黒髪)『本当ですか。相談してよかった。お願い出来ますか?』
(A)『分かりました。後日、●●町のある喫茶アイズに来てください。』
後日、黒髪の女性とAは『喫茶アイズ』で待ち合わせをする。
Aは、黒髪の女性の免許証・実印・保証人承諾書などを預かり、
しげさんの所へ行く。
しげさんは、イカツイおじさんの弟子であるAを好いている。
Aが恋をしているのだと一目で理解し、協力してあげる。
数週間もしないうちに、黒髪の女性の保証人は解消された。
黒髪の女性は、Aにお礼を兼ねて食事に誘う。
たかが食事だが、Aには初めてのデートのようなものだ。
あまり深い話はしないが、少しずつAの心が黒髪の女性に寄り添っていく。
Aは黒髪の女性を好きだと確信した。
Aは、都会に黒髪の女性も一緒に連れて行きたいと思っている。
後日、仕事を終えたら告白しようと心に決める。
地上げ屋の仕事よりも、告白のほうが何十倍も緊張している。
うっすら雨雲が立ち込める夜空の日に、Aは黒髪の女性が夜の仕事を終えるのを待っていた。
仕事終わりの時間になっても黒髪の女性は現れず、Aは我慢が出来ずにスナックへと入る。
どうやら黒髪の女性は急遽、休みをもらったらしい。
Aは足早に黒髪の女性の自宅付近まで向かう。
雨が降りそうな、なんとも言えない不穏な空気感を夜空が漂わせている。
Aが歩いていると、目の前を黒髪の女性が歩いてくる。
黒髪の女性の隣には、見知らぬ男性もいる。
二人はとても親密で、仲の良いカップルにしか見えない。
Aが黒髪の女性に話しかける。
『●●さん、隣の人は?』
黒髪の女性は一瞬驚いたが、Aに答える。
『この間話をした、元カレです。よりを戻したんです。』
(A)『あなたを保証人にした元彼じゃないんですか?』
(黒髪)『・・・』
黒髪の女性の元カレが、Aに絡んできた。
『お前は関係ないだろ、●●に惚れてんのか?こいつは毎晩俺とやっているぞ。
こいつは俺じゃないとダメなんだよ。分かったら帰れクソガキ!』
Aは元カレの態度に一瞬でスイッチが入り、数秒後には元カレを失神させていた。
黒髪の女性は元カレに抱きつき、Aを睨みつける。
Aの頭に自分の母親が不倫をしている姿が蘇る。
Aの目つきが、また一段と、そして冷たく尖る。
Aは、一人で都会に出た。
Aはただ稼ぐだけではなく、世の中のムカつく人間を徹底的に排除しようと苛立っている。
憎しみと、怒りに満ちたAの『地上げ屋』人生が始まった。
続き⇨『とある不動産や~第6話』